我がやどの浅茅色づく吉隠の
夏身の上にしぐれ降るらし
- 歌の意味
-
我が家の浅茅が色づいている。吉隠の夏身のあたりには、しぐれが降っているらしい。
- 鑑賞
-
巻第十 秋雑歌 2207
詞書は前の歌に続き「黄葉を詠む」
家の浅茅が色づいたのを見て、吉隠の夏身のあたりにはしぐれが降っているらしいと推し量る歌である。本巻の第二千百九十首とほぼ同じ構文で、そこでは浪柴の野の紅葉が散ることを推し量ったのに対し、この歌は夏身にしぐれの降ることを推し量っており、二首は類歌の関係にある。
初句「我がやどの」は私の家のの意である。
二句「浅茅色づく」は浅茅が色づくの意で、第二千百九十首と同じ句である。ここで二句切れとなる。
三句「吉隠の」は大和国の地名で、第二千百九十首と同じ地である。
四句「夏身の上に」の「夏身」は吉隠にある地名とされる。
結句「しぐれ降るらし」の「らし」は根拠ある推定である。身近な浅茅の色づきを根拠に遠くのしぐれを推し量って結ぶ。
よなばり:大和国の地名。今の奈良県桜井市のあたり
しぐれ:秋から冬にかけて降ったりやんだりする雨
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
まそ鏡南淵山は今日もかも 白露置きて黄葉散るらむ
- 次の歌
-
雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の 岡の葛葉は色づきにけり