我が門に守る田を見れば佐保の内の
秋萩すすき思ほゆるかも
- 歌の意味
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我が家の門前で番をしている田を見ると、佐保のあたりの秋萩やすすきが思い出されることだ。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2221
詞書は前の歌に続き「水田を詠む」
家の門前で番をしている田を見ていると、佐保のあたりの秋萩やすすきが思い出されると詠んだ歌で、水田の一連を締めくくる。農作業のために田舎で過ごす者が、都の近くの佐保の秋の風景を懐かしんでいると考えられる。本巻の第二千百七十四首などの仮廬の歌と同じく、農事の場から都を思う心がうかがえる。
初句「我が門に」は私の家の門前にの意である。
二句「守る田を見れば」は番をしている田を見るとの意である。
三句「佐保の内の」は佐保のあたりのの意で、字余りの句である。春雑歌の第千八百二十七首にも見える地名である。
四句「秋萩すすき」は秋萩やすすきの意で、秋の野の代表的な草花である。
結句「思ほゆるかも」の「思ほゆ」は自然に思われる意、「かも」は詠嘆である。
もる:見張って守る
おもほゆ:自然に思われる。思い出される
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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さを鹿の妻呼ぶ山の岡辺なる 早稲田は刈らじ霜は降るとも
- 次の歌
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夕さらずかはづ鳴くなる三輪川の 清き瀬の音を聞かくしよしも