一日には千重しくしくに我が恋ふる
妹があたりにしぐれ降れ見む
- 歌の意味
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一日のうちに千回も重ね重ね私が恋い慕う、その妻の住むあたりにしぐれよ降れ。それを見よう。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2234
詞書「雨を詠む」
一日に千回も恋い慕う妻の住むあたりにしぐれが降ってほしい、それを眺めようと詠んだ歌で、題詞は「雨を詠む」である。遠く離れた妻のあたりに降るしぐれを見ることで、せめて妻と同じ景を共有したいという思いが表れている。しぐれを降らせよと願う点で、本巻の第二千百七十九首などのしぐれに降るなと願う歌とは対照的である。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「一日には」は一日のうちにはの意である。
二句「千重しくしくに」の「千重」は幾重にも、「しくしく」は重ね重ねの意である。
三句「我が恋ふる」は私が恋い慕うの意である。
四句「妹があたりに」は妻の住むあたりにの意である。
結句「しぐれ降れ見む」の「降れ」は命令形、「む」は意志である。しぐれの降るのを見ようと結ぶ。
ちへ:幾重にも重なること
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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高松のこの峰も狭に笠立てて 満ち盛りたる秋の香のよさ
- 次の歌
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秋田刈る旅の廬りにしぐれ降り 我が袖濡れぬ干す人なしに