秋山に霜降り覆ひ木の葉散り
年は行くとも我れ忘れめや
- 歌の意味
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秋の山に霜が降り覆い、木の葉が散って、年は過ぎ去っても、私は忘れようか、いや忘れはしない。
- 鑑賞
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巻第十 秋相聞 2243
詞書は前の歌に続き「秋相聞」
秋の山が霜に覆われ木の葉が散り、年が過ぎ去っても、恋人を忘れることはないと誓う歌で、人麻呂歌集の秋相聞の一連を締めくくる。季節の移り変わりと歳月の経過を重ねて示し、それでも変わらない恋心を反語によって強く示している。秋雑歌で詠まれた霜や散る木の葉という晩秋の景物が、変わらぬ心を際立たせる背景となっている。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「秋山に」は秋の山にの意である。
二句「霜降り覆ひ」は霜が降り覆っての意である。
三句「木の葉散り」は木の葉が散っての意である。上の句に晩秋の景物を重ねている。
四句「年は行くとも」の「とも」は逆接の仮定で、年は過ぎ去ってもの意となる。
結句「我れ忘れめや」の「めや」は反語で、忘れようか、いや忘れないの意である。変わらぬ心を強く示して結ぶ。
ふりおほふ:降って覆う
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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秋の野の尾花が末の生ひ靡き 心は妹に寄りにけるかも
- 次の歌
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住吉の岸を田に墾り蒔きし稲 かくて刈るまで逢はぬ君かも