住吉の岸を田に墾り蒔きし稲
かくて刈るまで逢はぬ君かも
- 歌の意味
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住吉の岸を田に開墾して蒔いた稲が、こうして刈り取る時になるまで、逢ってくれないあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十 秋相聞 2244
詞書「水田に寄す」
住吉の岸を開墾して蒔いた稲が刈り入れの時を迎えるまでの長い間、逢ってくれない恋人を嘆く歌で、題詞は「水田に寄す」である。種を蒔いてから刈り入れまでという農事の長い時間が、逢えない日々の長さを示している。春相聞の第千九百二首の、霞がたなびき花が咲くまで逢わないという歌と同じく、季節の進みによって逢えない時の長さを示している。
初句「住吉の」は摂津国の住吉のの意である。
二句「岸を田に墾り」の「墾る」は土地を開墾する意である。
三句「蒔きし稲」の「し」は過去の「き」の連体形で、蒔いた稲の意である。
四句「かくて刈るまで」はこうして刈り取るまでの意である。
結句「逢はぬ君かも」の「かも」は詠嘆である。第千九百二首と同じ結句で、逢ってくれない恋人を嘆いて結ぶ。
はる:土地を切り開く。開墾する
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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秋山に霜降り覆ひ木の葉散り 年は行くとも我れ忘れめや
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太刀の後玉纒田居にいつまでか 妹を相見ず家恋ひ居らむ