- 歌の意味
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巻向の檜の林もまだ雲がかかっていないのに、小松の梢から泡雪が流れるように降ってくる。
- 鑑賞
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巻第十 冬雑歌 2314
詞書は前の歌に続き「冬雑歌」
巻向の檜原にはまだ雲もかかっていないのに、小松の梢から泡雪が流れるように降ってくると詠んだ歌である。前歌と同じく巻向の小松に降る雪を詠み、二首が続いている。春雑歌の第千八百十三首の「巻向の桧原に立てる春霞」と同じく巻向の檜原を詠み、春の霞に対して冬の泡雪が詠まれ、巻の初めと終わりとが呼応している。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「巻向の」は大和の巻向のの意である。
二句「桧原もいまだ」は檜の林もまだの意で、第千八百十三首の「桧原」と同じ語である。
三句「雲居ねば」の「ね」は打ち消しの已然形、「ば」は逆接的な確定条件で、雲がかかっていないのにの意となる。
四句「小松が末ゆ」の「末」は梢、「ゆ」は経由を表し、小松の梢からの意である。前歌の「小松」を受けている。
結句「沫雪流る」は泡雪が流れるように降るの意である。
ひはら:檜の生い茂った林
あわゆき:泡のように柔らかく消えやすい雪
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あしひきの山かも高き巻向の 崖の小松にみ雪降りくる
- 次の歌
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あしひきの山道も知らず白橿の 枝もとををに雪の降れれば