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心には千重に思へど人に言はぬ
我が恋妻を見むよしもがも

歌の意味
心の中では幾重にも思っているが、人には言わない私の恋しい妻に、逢う手立てがあればよいのに。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2371

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 心の中では幾重にも思いを重ねながら、人には打ち明けずにいる恋しい妻に、何とかして逢う手立てがほしいと願う歌である。人目を忍ぶ恋であるために口に出せず、思いだけが心の内に積もっていく苦しさが率直に述べられている。
 詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」である。「心には」と「人に言はぬ」とを対置し、内に秘めた思いの深さと外に表せないもどかしさを際立たせている。人に知られぬよう忍んで通う妻を詠んだ恋の歌である。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「心には」は、心の中では、の意である。係助詞「は」によって、表に出せない外側の態度と区別して、内心を取り立てている。
 二句「千重に思へど」は、幾重にも思っているけれども、の意である。「千重」は数多く重なることで、思いの深さを示す。「ど」は逆接の接続助詞である。
 三句「人に言はぬ」は、人には言わない、の意である。六音の字余りの句で、人に知られまいとする恋であることを示している。
 四句「我が恋妻を」の「恋妻」は恋しく思う妻のことで、ここでは人目を忍んで逢う妻をいう。三句から続けて、人に言わない私の恋妻、と一続きに修飾している。
 結句「見むよしもがも」は、逢う手立てがあればよいのに、の意である。「よし」は手段、方法をいい、「もがも」は願望を表す終助詞である。

こひづま:恋しく思う妻、ここでは人に知られぬよう忍んで逢う妻
よし:手段、方法、手がかり
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の 道行く人の言も告げなく
次の歌
かくばかり恋ひむものぞと知らませば 遠くも見べくあらましものを