かくばかり恋ひむものぞと知らませば
遠くも見べくあらましものを
- 歌の意味
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これほど恋しく思うものだと知っていたならば、遠くから見ているだけにしておくべきであったのに。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2372
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
これほど苦しい恋をすると前もって知っていたなら、近づかずに遠くから見ているだけにしておけばよかった、と悔やむ歌である。深い仲になってしまった今の恋の苦しさを、そうならなかった場合を想像することで逆に強く表している。
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」である。初句「かくばかり」は本巻の第二千三百六十八首の三句にも用いられ、どちらも、これほどの恋の苦しさを指し示す語として恋の歌に置かれている。反実仮想の表現による後悔の歌として、恋を知った後の嘆きを詠んでいる。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「かくばかり」は、これほどまでに、の意である。二句の「恋ひむ」にかかり、いま味わっている恋の苦しさの大きさを指し示している。
二句「恋ひむものぞと」は、恋い慕うはずのものだと、の意である。助動詞「む」は推量で、係助詞「ぞ」が強く断定し、格助詞「と」で三句の「知る」の内容を示している。
三句「知らませば」は、もし知っていたならば、の意である。「ませば」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形に接続助詞「ば」が付いた形で、結句の「まし」と呼応する。
四句「遠くも見べく」は、遠くからでも見ているべきで、の意である。近づかず遠くから眺めているだけでよかった、という気持ちを表している。
結句「あらましものを」は、あったらよかったのに、の意である。三句の「ませば」を受けて「まし」で結ぶ反実仮想の構文であり、終助詞的な「ものを」が悔やむ気持ちを込めて言い終えている。
みる:目で見る、ここでは近づかずに遠くから眺める意
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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心には千重に思へど人に言はぬ 我が恋妻を見むよしもがも
- 次の歌
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いつはしも恋ひぬ時とはあらねども 夕かたまけて恋ひはすべなし