古典和歌stream

いつはしも恋ひぬ時とはあらねども
夕かたまけて恋ひはすべなし

歌の意味
いつといって恋しく思わない時はないけれども、夕方になると、恋しさはどうしようもない。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2373

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 いつでも恋しく思わない時はないが、夕暮れ時になると恋しさがどうにもならないほど募る、と詠んだ歌である。一日中続く恋心の中でも、とりわけ夕方に思いが極まるという実感が素直に述べられている。
 詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」である。夕方は男が女のもとを訪れる時刻であり、逢瀬を待つ心がいっそう高まる時である。夕暮れの恋しさを詠む歌は万葉集の恋の歌に多く、本歌はその心情を簡潔にまとめた一首である。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「いつはしも」は、いつといって、の意である。係助詞「は」と強意の「しも」を重ねて、どの時をとっても、という気持ちを強めている。
 二句「恋ひぬ時とは」は、恋しく思わない時とは、の意である。「恋ひぬ」は動詞「恋ふ」に打消の助動詞「ず」の連体形が付いた形である。
 三句「あらねども」は、ないけれども、の意である。逆接の接続助詞「ども」によって、いつも恋しいという前提を置きながら、下の句で夕方の格別の思いへと転じている。
 四句「夕かたまけて」の「かたまく」は、その時節が近づく、その時になる意である。夕方を迎えて、と時を限定している。
 結句「恋ひはすべなし」は、恋しさはどうしようもない、の意である。「すべなし」は手立てがない、どうにもならないことをいい、本巻の第二千三百六十八首の「すべなきことは」とも通じる語である。

かたまく:その時節が近づく、その時になる
すべ:物事を行う手段、方法
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
かくばかり恋ひむものぞと知らませば 遠くも見べくあらましものを
次の歌
かくのみし恋ひやわたらむたまきはる 命も知らず年は経につつ