世の中は常かくのみと思へども
はたた忘れずなほ恋ひにけり
- 歌の意味
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世の中はいつもこのようなものだと思うけれども、やはり忘れられず、なおも恋しく思っていることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2383
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
世の中とは常にこういうものだと分かっていながら、それでも忘れることができず、なおも恋しく思ってしまう、という歌である。道理では諦めようとしながら、心は恋を捨てきれないという、理性と感情のずれを率直に詠んでいる。
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」である。「かくのみ」の語は本巻の第二千三百七十四首の初句「かくのみし」にも見え、どちらも思うにまかせない恋の状態を指している。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「世の中は」は、世の中というものは、の意である。世間一般を指すとともに、思うにまかせない男女の仲を含んでいる。
二句「常かくのみと」は、いつもこのようなものだと、の意である。「かくのみ」は、このようにばかり、の意で、思い通りにならない現状を指している。
三句「思へども」は、思うけれども、の意である。逆接の接続助詞「ども」によって、道理で納得しようとする思いから、下の句の断ち切れない恋心へと転じている。
四句「はたた忘れず」の「はたた」は訓みと語義に諸説ある語で、やはり、いっそう、などの意に解されている。「忘れず」は、忘れられない、の意である。
結句「なほ恋ひにけり」は、なおも恋しく思っていることだ、の意である。「にけり」は完了の助動詞「ぬ」の連用形に詠嘆の助動詞「けり」が付いた形で、改めて気づいた思いを表している。
よのなか:世間、また男女の仲
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
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うち日さす宮道を人は満ち行けど 我が思ふ君はただひとりのみ
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