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玉かぎる昨日の夕見しものを
今日の朝に恋ふべきものか

歌の意味
昨日の夕方に会ったばかりなのに、今日の朝にもうこれほど恋しく思うはずのものだろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2391

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 昨日の夕べに会ったばかりなのに、翌朝にはもう恋しくなっている自分に驚き、恋とはこういうものなのかといぶかしむ歌である。わずか一夜を隔てただけで募る恋心の速さを、時の短さによって鮮やかに示している。
 「昨日の夕」と「今日の朝」を対にして、別れてから間もない時の流れを際立たせている。本歌の「玉かぎる」は「夕」にかかるが、本巻の第二千三百九十四首では「玉かきる」が「ほのか」にかかっており、同じ枕詞が別の語を導く例として並んでいる。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「玉かぎる」は「夕」にかかる枕詞である。玉がほのかに光る意とされ、夕べの淡い光を思わせる。
 二句「昨日の夕」は、昨日の夕方の意である。四句の「今日の朝」と対をなし、会ってからまだ一夜しか経っていないことを示している。
 三句「見しものを」は、会ったのに、の意である。「見る」はここでは逢う、共に過ごすの意で、「ものを」は逆接を表して下の句へと続けている。
 四句「今日の朝に」は、今日の朝に、の意である。二句の「昨日の夕」と並べ、わずかな時の隔たりを強調している。
 結句「恋ふべきものか」は、恋しく思うはずのものだろうか、の意である。「か」は疑問を表し、思いがけない恋しさに自ら驚く気持ちをこめて結んでいる。

たまかぎる:玉がほのかに光る意とされ、「夕」「ほのか」などにかかる枕詞
こふ:相手を慕い求める、恋しく思う
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
恋するに死するものにあらませば 我が身は千たび死にかへらまし
次の歌
なかなかに見ずあらましを相見てゆ 恋ほしき心まして思ほゆ