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なかなかに見ずあらましを相見てゆ
恋ほしき心まして思ほゆ

歌の意味
なまじ会わずにいればよかった。会ってからというもの、恋しい心がいっそう募って思われる。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2392

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 なまじ会わなければよかった、会ってからは以前にもまして恋しさがつのる、と逢うことでかえって深まった恋の苦しさを詠んだ歌である。会えた喜びよりも、会ったがゆえの苦しさに目を向けている点に、恋の歌としての実感がある。
 前歌が昨日の夕べに会った翌朝の恋しさを詠んだのを受け、本歌も逢った後に増す思いを述べており、同じ主題が続いている。次歌も「行かずあらば…逢はざらましを」と、反実仮想で別のありようを思う形をとり、本歌の「見ずあらましを」と通い合っている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「なかなかに」は、なまじっか、かえって、の意である。会ったことがかえって苦しみのもとになったという思いを、歌の冒頭で示している。
 二句「見ずあらましを」は、会わずにいればよかったのに、の意である。反実仮想の助動詞「まし」に逆接の「を」が付き、かなわぬ悔いを表している。ここで二句切れとなる。
 三句「相見てゆ」は、会ってから、の意である。「ゆ」は起点を表す上代の助詞で、逢ったその時から後のことを指している。
 四句「恋ほしき心」は、恋しい心、の意である。「恋ほし」は「恋し」の古い形である。
 結句「まして思ほゆ」は、いっそうまさって思われる、の意である。「思ほゆ」は自然とそう思われる意で、抑えがたく募る恋心を表して結んでいる。

おもほゆ:自然に思われる、思わずにいられない
あひみる:互いに会う、男女が契りを結ぶ
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
玉かぎる昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか
次の歌
玉桙の道行かずあらばねもころの かかる恋には逢はざらましを