玉くせの清き川原にみそぎして
斎ふ命は妹がためこそ
- 歌の意味
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玉くせの清らかな川原で禊をして、身を慎んで無事を祈る命は、妹のためにこそである。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2403
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
清らかな川原で禊をして自分の命の無事を祈るのは、ほかならぬ恋人のためだと詠んだ歌である。命を大切にするのは恋人と生きて逢うためだという、ひたむきな思いが表れている。
「玉くせ」の「玉」は美称で、「くせ」は山城国の久世の地とする説がある。川原での禊は身の穢れを清めて神に祈る行いであり、恋の思いを神祭りの行いに結びつけて詠んだ点に特色がある。前の数首が恋の苦しみや死を詠んだのに対し、本歌は恋人のために命を守ろうとする前向きな思いを示している。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「玉くせの」は、玉くせの、の意である。「玉」は美称で、「くせ」は地名とする説があり、清らかな川の流れる土地を示している。
二句「清き川原に」は、清らかな川原で、の意である。禊を行う場所にふさわしい、清浄な川原を描いている。
三句「みそぎして」は、禊をして、の意である。川の水で身を清め、罪や穢れを払う行いをいう。
四句「斎ふ命は」は、身を慎んで無事を祈る命は、の意である。「斎ふ」は穢れを避け神に祈って身を守ることで、係助詞「は」によって命を取り立てている。
結句「妹がためこそ」は、妹のためにこそである、の意である。係助詞「こそ」で強く言い切り、結びの語を省いて、命を守る理由が恋人にあることを示して結んでいる。
みそぎ:川や海の水で身を清め、罪や穢れを払うこと
いはふ:身を清め慎んで、神に無事を祈る
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹があたり遠くも見ればあやしくも 我れは恋ふるか逢ふよしなしに
- 次の歌
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思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば 一日の間も忘れて思へや