古典和歌stream

眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむか
いつかも見むと思へる我れを

歌の意味
眉を掻き、くしゃみをし、紐も解けて、待っているだろうか。いつ逢えるだろうかと思っているこの私を。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2408

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 眉がかゆくなる、くしゃみが出る、衣の紐が自然に解けるという、恋人に逢える前兆とされたしるしを並べ、相手もそうしたしるしを見て自分を待っているだろうかと思いやった歌である。逢える日を待ちわびる自分の思いを、相手の側に移して想像するところに、この恋の歌の味わいがある。
 前の第二千四百五首、第二千四百六首では「紐解き開け」が詠まれ、次歌の第二千四百九首、本巻の第二千四百十三首では下紐が詠まれており、紐をめぐる歌が近くに続いている。本歌は前兆を三つ重ねる点に特色があり、古代の人々の俗信を伝える歌としても知られている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「眉根掻き」は、眉がかゆくて掻くことをいう。眉がかゆいのは思う人に逢える前兆と信じられていた。
 二句「鼻ひ紐解け」は、くしゃみをし、衣の紐が解けることである。くしゃみは人に思われているしるし、紐が自然に解けるのは恋人に逢える前兆とされた。初句からこの句まで、前兆を三つ並べている。
 三句「待つらむか」は、待っているだろうか、の意である。現在推量の助動詞「らむ」に疑問の助詞「か」が付き、離れている相手のいまの様子を推し量っている。ここで句切れとなる。
 四句「いつかも見むと」は、いつ逢えるだろうかと、の意である。「見む」は逢おうという意志で、「かも」が疑問の気持ちを強めている。
 結句「思へる我れを」は、そう思っているこの私を、の意である。「待つらむか」の目的語にあたる句で、倒置によって自分の側の思いを最後に置き、待つ思いの強さを示している。

まよね:眉、眉毛
はなふ:くしゃみをする
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
百積の船隠り入る八占さし 母は問ふともその名は告らじ
次の歌
君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも 我が下紐の結ふ手いたづらに