君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも
我が下紐の結ふ手いたづらに
- 歌の意味
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あなたを恋しく思ってしょんぼりとしていると、悔しいことに、解けた私の下紐を結び直す手もむなしいばかりだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2409
詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
あなたを恋しく思って沈んでいると、恋人に逢える前兆として下紐が解けるのに、あなたは来ず、紐を結び直す手もむなしいと嘆いた歌である。「君」と呼びかけていることから、女性の立場の歌と考えられる。前兆を信じて待ちながら裏切られる悔しさを、紐を結ぶ手という具体的な動作で表している。
前歌の第二千四百八首が紐の解ける前兆を期待をこめて詠むのに対し、本歌はその前兆がむなしく終わった側を詠んでおり、期待と失望という対になった趣向が並んでいる。本巻の第二千四百十三首も下紐が解けることを詠んでいる。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「君に恋ひ」は、あなたを恋しく思って、の意である。「恋ふ」は古くは「に」を受けて、相手を慕う意を表した。
二句「うらぶれ居れば」は、しょんぼりと沈んでいると、の意である。「うらぶる」は心が萎えしおれることをいい、「居れば」は順接の確定条件を表す。
三句「悔しくも」は、悔しいことに、の意である。結句の「いたづらに」へと続き、待つ甲斐のなさへの思いを先に示している。
四句「我が下紐の」は、私の下紐の、の意である。下紐は下着の紐で、それが自然に解けるのは恋人に逢える前兆とされた。前歌の「紐解け」を受ける語である。
結句「結ふ手いたづらに」は、結び直す手もむなしく、の意である。字余りの句で、「いたづらに」と言いさして終える形が、やり場のない思いの余韻を残している。
うらぶる:心がしおれて元気をなくす
したびも:下着の紐。自然に解けるのは恋人に逢える前兆とされた
ゆふ:紐などを結ぶ
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむか いつかも見むと思へる我れを
- 次の歌
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あらたまの年は果つれど敷栲の 袖交へし子を忘れて思へや