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石上布留の神杉神さぶる
恋をも我れはさらにするかも

歌の意味
石上の布留の神杉のように、年老いてからの恋を、私はまたもすることだなあ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2417

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 石上神宮の古い神杉のように年を経た身でありながら、また新たに恋をすることになったと、我ながら驚くように詠んだ歌である。年老いてなお恋に心を動かされるわが身を、神さびた杉にたとえて、いささかの照れと嘆きをこめて表している。
 神に寄せる歌の一首で、布留の神杉に寄せて思いを述べている。本巻の第二千四百十五首と同じく布留を詠んでおり、第二千四百十五首が瑞垣に寄せて恋の久しさを詠むのに対し、本歌は神杉に寄せて老いの恋を詠んでいる。同じ布留の神域の物を用いながら、趣向を変えた二首である。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「石上」は、奈良県天理市の石上の地をいう。「いそのかみ」は地名「布留」にかかる枕詞としても用いられる。
 二句「布留の神杉」は、布留の地にある石上神宮の神木の杉をいう。初句からこの句までが序詞で、神杉が年を経て神々しいことから、三句の「神さぶる」を導いている。
 三句「神さぶる」は、年を経て古びる、老いる、の意である。神杉の神々しさを言いながら、作者自身の老いをも表している。
 四句「恋をも我れは」は、恋までも私は、の意である。係助詞「も」が、思いがけず恋をするわが身への驚きを示している。
 結句「さらにするかも」は、またもすることだなあ、の意である。「さらに」は改めて、新たにの意で、終助詞「かも」が詠嘆を表している。

かむすぎ:神域に立つ神木の杉
かむさぶ:神々しく古びる、年老いる
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
ちはやぶる神の持たせる命をば 誰がためにかも長く欲りせむ
次の歌
いかならむ名負ふ神に手向けせば 我が思ふ妹を夢にだに見む