いかならむ名負ふ神に手向けせば
我が思ふ妹を夢にだに見む
- 歌の意味
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どのような名を持つ神に供え物をしたならば、私の思うあの子を、せめて夢にだけでも見られるだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2418
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
どの名高い神に供え物をささげたら、恋しい人をせめて夢の中だけでも見ることができるのかと、すがるように詠んだ歌である。現実に逢えないばかりか夢にさえ見られない恋の苦しさから、神の力に頼ろうとする切実な思いが表れている。
神に寄せる歌の一首で、神への手向けに寄せて思いを述べている。本巻の第二千四百十二首は夢に見ようとしても眠れないと嘆いており、本歌も夢での逢瀬を願っている。夢にさえ逢えないという同じ嘆きを、眠れない自分の側と、神に頼る祈りの側とから詠み分けている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「いかならむ」は、どのような、の意である。疑問の語で、四句以下の願いへと続いている。
二句「名負ふ神に」は、名を持つ神に、名高い神に、の意である。「名負ふ」は名を持つ、その名にふさわしいの意である。
三句「手向けせば」は、供え物をしたならば、の意である。「手向け」は神に幣などをささげることで、「せば」は仮定を表す。
四句「我が思ふ妹を」は、私が思うあの子を、の意である。「妹」は男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語である。
結句「夢にだに見む」は、せめて夢にだけでも見られるだろうか、の意である。副助詞「だに」が最小限の願いを表し、初句の「いかならむ」を受けて、かなえられる手立てを問う形で結んでいる。
たむけ:神仏に幣などの供え物をささげること
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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石上布留の神杉神さぶる 恋をも我れはさらにするかも
- 次の歌
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天地といふ名の絶えてあらばこそ 汝と我れと逢ふことやまめ