天地といふ名の絶えてあらばこそ
汝と我れと逢ふことやまめ
- 歌の意味
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天地という名がなくなってしまうのであれば、そのときこそ、あなたと私とが逢うことも絶えるだろう。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2419
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
天地という名が絶えてなくなるようなことがあれば、そのときこそ二人の逢瀬も絶えるだろう、つまり決して絶えることはないと、永遠の愛を誓った歌である。ありえないことを条件に置くことで、二人の仲が絶えないことを力強く言い表している。
天地に寄せて思いを述べる歌で、前の神に寄せる歌に続き、天地という大きな存在を持ち出している。前歌の第二千四百十八首が夢にさえ逢えないと嘆くのに対し、本歌は逢うことが永遠に続くと言い切っており、逢えない嘆きと逢瀬の永続の誓いとが対照的に並んでいる。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「天地と」は、天と地と、の意である。永遠に変わらないものの代表として天地を挙げている。
二句「いふ名の絶えて」は、という名が絶えて、の意である。天地そのものばかりかその名までもなくなることを仮に想定している。
三句「あらばこそ」は、あるならばそのときこそ、の意である。仮定の「ば」に係助詞「こそ」が付き、結句の已然形「め」と係り結びをなしている。ここで句切れとなる。
四句「汝と我れと」は、あなたと私と、の意である。「汝」は親しい相手を呼ぶ語である。
結句「逢ふことやまめ」は、逢うことも絶えるだろう、の意である。推量の助動詞「む」の已然形「め」で、三句の係助詞「こそ」を受けて結んでいる。ありえない条件を受けることで、逢うことは決して絶えないという意を表している。
あめつち:天と地
いまし:あなた。親しい相手を呼ぶ語
やむ:絶える、終わる
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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いかならむ名負ふ神に手向けせば 我が思ふ妹を夢にだに見む
- 次の歌
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月見れば国は同じぞ山へなり 愛し妹はへなりたるかも