来る道は岩踏む山はなくもがも
我が待つ君が馬つまづくに
- 歌の意味
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あなたが来る道には、岩を踏んで越える山がなければよいのに。私が待つあなたの馬がつまずくから。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2421
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
恋人が通って来る道に、岩を踏み越えるような険しい山がなければよいのに、待っているあなたの馬がつまずいてしまうからと詠んだ、女性の立場の歌である。恋人の身を気づかう細やかな思いと、早く来てほしいという待つ心とが重なっている。
山に寄せて思いを述べる歌である。次歌の第二千四百二十二首は「岩根踏みへなれる山はあらねども」と、岩を踏む山はないのに逢えないと詠んでおり、本歌と対をなしている。本歌は山があることを恐れる待つ側の歌、次歌は山がないのに逢えないと嘆く歌であり、「岩踏む」と「岩根踏み」の語でもつながっている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「来る道は」は、あなたが来る道には、の意である。待つ側から恋人の通い路を思いやっている。
二句「岩踏む山は」は、岩を踏んで越える山は、の意である。険しい山道をいい、次歌の「岩根踏み」と対応している。
三句「なくもがも」は、なければよいのに、の意である。「もがも」は願望を表す終助詞で、ここで句切れとなる。
四句「我が待つ君が」は、私が待っているあなたの、の意である。「君」と呼ぶことから女性の歌と考えられる。
結句「馬つまづくに」は、馬がつまずくから、の意である。「に」は理由を表し、三句の願いの理由を倒置によって後に述べている。
つまづく:足先が物に当たってよろける
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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月見れば国は同じぞ山へなり 愛し妹はへなりたるかも
- 次の歌
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岩根踏みへなれる山はあらねども 逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも