山科の木幡の山を馬はあれど
徒歩より我が来し汝を思ひかねて
- 歌の意味
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山科の木幡の山を、馬はあるけれども、徒歩で私はやって来たのだ。お前を恋しく思う心をこらえきれずに。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2425
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
馬があるにもかかわらず、山科の木幡の山を歩いて越えて来たのは、お前への思いをこらえきれなかったからだと詠んだ歌である。馬の支度を待つ間ももどかしいほどの、はやる恋心が、徒歩で山を越えるという行動によって具体的に表されている。
山に寄せて思いを述べる歌で、木幡の山を詠んでいる。木幡は宇治に近い地であり、本巻の第二千四百二十七首からは宇治川を詠む歌が並ぶ。山城の地名を詠み込んだ歌が近くにまとまっている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「山科の」は、山科の、の意である。山科は現在の京都市山科区一帯の地で、木幡はその南に続く地をいう。
二句「木幡の山を」は、木幡の山を、の意である。木幡は現在の京都府宇治市北部の地で、大和と近江を結ぶ道筋にあたる。
三句「馬はあれど」は、馬はあるけれども、の意である。逆接の「ど」によって、あえて徒歩で来たことへと続けている。
四句「徒歩より我が来し」は、徒歩で私は来た、の意である。「より」は手段を表す助詞である。字余りの句で、過去の助動詞「き」の連体形「し」で詠嘆をこめて言い切り、ここで句切れとなる。
結句「汝を思ひかねて」は、お前を思う心をこらえきれずに、の意である。四句と倒置の関係にあり、徒歩で来た理由を後から述べている。「かぬ」は〜しきれない意を表す。
かち:徒歩で行くこと
な:お前。親しい相手を呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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紐鏡能登香の山も誰がゆゑか 君来ませるに紐解かず寝む
- 次の歌
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遠山に霞たなびきいや遠に 妹が目見ねば我れ恋ひにけり