遠山に霞たなびきいや遠に
妹が目見ねば我れ恋ひにけり
- 歌の意味
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遠い山に霞がたなびくように、いよいよ遠く隔たって妻に逢わないので、私は恋しく思うようになったことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2426
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
遠い山に霞がたなびいて山がいっそう遠く見えるように、いよいよ長く妻に逢わずにいるので、恋しさがつのってきたと詠んだ歌である。霞にかすむ遠山の景を序とし、隔たりの遠さと恋しさの深まりとを重ね合わせている。
霞に寄せて思いを述べる歌である。四句「妹が目見ねば」は、本巻の第二千四百二十三首の「君が目見ねば」と同じ形の句であり、恋人を「君」と呼ぶか「妹」と呼ぶかの違いがある。第二千四百二十三首は「しましくも」とわずかな間を、本歌は「いや遠に」と長い隔たりを詠んでおり、同じ主題を別の尺度で扱う対応が見られる。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「遠山に」は、遠くの山に、の意である。
二句「霞たなびき」は、霞が長く横に引いて、の意である。初句からこの句までが序詞で、霞がかかると山がいっそう遠く見えることから、三句の「いや遠に」を導いている。
三句「いや遠に」は、いよいよ遠く、の意である。「いや」はますますの意で、ここでは逢わない日々が長く隔たることをいう。
四句「妹が目見ねば」は、妻に逢わないので、の意である。本巻の第二千四百二十三首の「君が目見ねば」と同じ形の句である。
結句「我れ恋ひにけり」は、私は恋しく思うようになったことだ、の意である。完了の「ぬ」と詠嘆の「けり」によって、恋しさのつのってきたことに気づいた思いを表している。
たなびく:霞や雲が横に長く引く
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山科の木幡の山を馬はあれど 徒歩より我が来し汝を思ひかねて
- 次の歌
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宇治川の瀬々のしき波しくしくに 妹は心に乗りにけるかも