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ちはや人宇治の渡りの瀬を早み
逢はずこそあれ後も我が妻

歌の意味
宇治の渡し場の瀬の流れが速いので、今は逢わずにいるけれども、後にはきっと私の妻だ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2428

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 宇治川の渡し場の流れが速くて渡れないように、今は逢えずにいるが、いずれは必ず私の妻になる人だと言い切った歌である。逢えない現在の障りを川の瀬の速さに寄せながら、結句で将来への確信をきっぱりと示しており、恋の歌でありながら力強い調子をもっている。
 前歌の第二千四百二十七首から宇治川を詠む歌が続き、次歌の第二千四百二十九首も宇治川の瀬を舞台とする。渡れずに逢えない本歌と、川を渡って裳裾を濡らしながら逢えなかった次歌とは、同じ川を挟んで対をなしている。また結句の「後も」は、第二千四百三十一首の「後も逢はむ」と響き合う。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「ちはや人」は「宇治」にかかる枕詞である。勢いの激しい人の意で、氏(うぢ)と同音の宇治を導くとされる。
 二句「宇治の渡りの」は、宇治川の渡し場のことである。宇治は大和から近江、山背の北方へ向かう交通の要所であった。
 三句「瀬を早み」は、瀬の流れが速いので、の意である。「名詞+を+形容詞語幹+み」のいわゆるミ語法で原因、理由を表し、上三句が逢えない事情を物に寄せて述べている。
 四句「逢はずこそあれ」は、逢わずにいるけれども、の意である。係助詞「こそ」を受けて「あれ」と已然形で結び、そのまま逆接となって下へ続いている。
 結句「後も我が妻」は、後にはきっと私の妻だ、と言い切った句である。名詞「妻」で終える体言止めで、将来への強い確信を示している。

ちはやひと:勢いの激しい人の意。「宇治」にかかる枕詞
わたり:川や海を渡る所。渡し場
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
宇治川の瀬々のしき波しくしくに 妹は心に乗りにけるかも
次の歌
はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに 宇治川の瀬に裳裾濡らしつ