はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに
宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
- 歌の意味
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ああいとしい、逢ってくれないあの子のために、むなしく宇治川の瀬で裳の裾を濡らしてしまった。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2429
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
逢ってくれない相手のもとへ通おうとして、宇治川の瀬を渡り、むだに裾を濡らしてしまったと嘆く歌である。冷たい相手を「はしきやし」といとしく呼びながら、報われない骨折りを「いたづらに」と自嘲するところに、恋のやるせなさがにじんでいる。
前歌の第二千四百二十八首は瀬が速くて渡れずに逢えない歌であり、本歌は瀬を渡っても逢えなかった歌である。同じ宇治川の瀬を舞台に、渡れない嘆きと、渡ったのに報われない嘆きとが並べられている。なお「裳」は本来女性が腰から下にまとう衣であるため、この歌の詠み手や裳の解し方については諸説がある。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「はしきやし」は、ああいとしい、の意で、感動を込めて呼びかける語である。逢ってくれない相手をなおいとしく思う心を、歌の冒頭で示している。
二句「逢はぬ子ゆゑに」は、逢ってくれないあの子のために、の意である。「ゆゑに」は原因を示すが、ここには、逢わない子なのに、という逆接の気持ちも含まれている。
三句「いたづらに」は、むなしく、甲斐もなく、の意である。報われない行為であったことをはっきり示している。
四句「宇治川の瀬に」は、宇治川の浅瀬で、の意である。前歌に続いて宇治川を詠み、渡り難い川を越えて通ったことを表している。
結句「裳裾濡らしつ」は、裳の裾を濡らしてしまった、の意である。完了の助動詞「つ」で言い切り、徒労に終わった悔しさを残している。
こ:親しみを込めて女性を呼ぶ語
もすそ:裳の裾。裳は腰から下にまとう衣
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ちはや人宇治の渡りの瀬を早み 逢はずこそあれ後も我が妻
- 次の歌
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宇治川の水泡さかまき行く水の 事かへらずぞ思ひ染めてし