水の上に数書くごとき我が命
妹に逢はむとうけひつるかも
- 歌の意味
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水の上に数を書くようにはかない私の命なのに、あの子に逢いたいと神に誓いを立てて祈ったことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2433
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
書いたそばから消えてしまう水の上の数字のように、はかない我が命であるのに、それでもあの子に逢おうと神に祈誓したことだと詠んだ歌である。命のはかなさを知りながら、なお逢うことを願わずにはいられない恋の切実さが表されている。
「水の上に数書く」という比喩は、身のはかなさを水に描く絵にたとえる仏典の表現によるとする説があり、万葉集の恋の歌としては珍しい無常の思いを含んでいる。前歌の第二千四百三十二首に続いて水に寄せる歌であり、激しく流れる水から、跡をとどめない水面へと趣を変えている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「水の上に」は、水の面に、の意である。書いても形をとどめない所として示されている。
二句「数書くごとき」は、数を書くような、の意である。書いたそばから消えてしまうことから、はかないものの比喩となっている。
三句「我が命」は、私の命、の意である。二句までの比喩を受けて、自らの命のはかなさをいう。ここに、はかない命なのに、という逆接の気持ちが込められている。
四句「妹に逢はむと」は、あの子に逢おうと、の意である。助動詞「む」が意志を表し、祈りの内容を示している。
結句「うけひつるかも」は、神に誓いを立てて祈ったことだ、の意である。完了の助動詞「つ」の連体形「つる」に詠嘆の助詞「かも」が付き、深い感慨を込めて結んでいる。
うけふ:神に誓いを立てて祈る。また、誓いを立てて事の成否を占う
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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言に出でて言はばゆゆしみ山川の たぎつ心を塞かへたりけり
- 次の歌
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荒礒越し外行く波の外心 我れは思はじ恋ひて死ぬとも