近江の海沖つ白波知らずとも
妹がりといはば七日越え来む
- 歌の意味
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近江の海の沖の白波ではないが、たとえ知らない道であっても、あの子のもとへというのなら、七日かかっても越えて来よう。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2435
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
たとえ道を知らなくても、あの子のもとへ行くのだというなら、七日かかろうとも山を越えて来ようと詠んだ歌である。近江の海の沖に立つ白波を序として、どんな隔たりも厭わない恋の情熱を大らかに歌っている。
前歌の荒磯の波に続いて、近江の海、すなわち琵琶湖の白波を取り上げている。初句「近江の海」は第二千四百三十九首、第二千四百四十首、第二千四百四十五首にも用いられ、とくに第二千四百四十五首は「白玉」から同じく「知らず」を導く点で本歌と同じ趣向である。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「近江の海」は琵琶湖のことである。六音の字余りとなっている。
二句「沖つ白波」は、沖の白波、の意である。「つ」は「の」にあたる古い連体助詞で、初句からここまでが序詞となり、「白(しら)」の同じ音で三句の「知らず」を導いている。
三句「知らずとも」は、知らなくても、の意で、行く道を知らなくても、と解されている。「とも」は逆接の仮定条件を表している。
四句「妹がりといはば」は、あの子のもとへというのなら、の意である。「がり」は人を表す語に付いて、その人のもとへの意を表す。
結句「七日越え来む」は、七日かかっても越えて来よう、の意である。助動詞「む」が意志を表し、どれほど遠くても通おうという強い決意で結んでいる。
あふみのうみ:近江の海。琵琶湖のこと
がり:人を表す語に付いて、その人のもとへの意を表す
いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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荒礒越し外行く波の外心 我れは思はじ恋ひて死ぬとも
- 次の歌
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大船の香取の海にいかり下ろし いかなる人か物思はずあらむ