- 歌の意味
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近江の海の沖の島山ではないが、心の奥深く、行く末までかけて私が思うあの子の、噂の多いことよ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2439
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
心の奥深くから、また将来までもかけて思っているあの子について、人の噂がしきりに立つことを嘆く歌である。近江の海の沖に浮かぶ島山を序として「奥」を導き、深く大切に思う気持ちと、それを妨げる噂の多さとを対比させている。
初二句「近江の海沖つ」は本巻の第二千四百三十五首と同じであり、次歌の第二千四百四十首も「近江の海」で始まる。また前歌の第二千四百三十八首が噂はしばらくのことだと相手を慰めたのに対し、本歌は噂の多さを嘆いており、人言をめぐる二首が並べられている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「近江の海」は琵琶湖のことである。六音の字余りとなっている。
二句「沖つ島山」は、沖の島の山、の意で、琵琶湖の沖島をさすとされる。初句からここまでが序詞で、「沖(おき)」と「奥(おく)」の音の近さによって三句の「奥まけて」を導いている。
三句「奥まけて」は、心の奥深く、また将来までも心にかけて、の意である。二句の島山の遠さを受けて、思いの深さと長さを表している。
四句「我が思ふ妹が」は、私が思うあの子の、の意である。助詞「が」が結句の「言」に続いている。
結句「言の繁けく」は、噂の多いことよ、の意である。「繁けく」は形容詞「繁し」のク語法で、体言のように言いさして詠嘆を込めている。
おきつしまやま:沖にある島の山
おくまく:心の奥深く思う。また、将来まで心にかける
こと:人の噂
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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人言はしましぞ我妹綱手引く 海ゆまさりて深くしぞ思ふ
- 次の歌
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近江の海沖漕ぐ舟のいかり下ろし 隠りて君が言待つ我れぞ