近江の海沖漕ぐ舟のいかり下ろし
隠りて君が言待つ我れぞ
- 歌の意味
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近江の海の沖を漕ぐ舟が碇を下ろして留まるように、家にこもって、あなたからの言葉を待っている私なのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2440
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
沖を漕ぐ舟が碇を下ろしてじっと留まるように、人目を避けてこもり、恋しい人からの便りをひたすら待っていると詠んだ歌である。「君」と呼びかけることから女性の立場の歌と見られ、動くことのできない身の、待つ恋の切なさを表している。
前歌に続いて「近江の海」で始まる一首であり、第二千四百三十六首の「いかり下ろし」と同じ句を用いている。第二千四百三十六首では「いかり」が音によって「いかなる」を導くのに対し、本歌では碇を下ろして舟が留まる様子が「隠りて」を導き、同じ句を異なる趣向で生かしている。本歌は人麻呂歌集のうち非略体の表記をとる歌である。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「近江の海」は琵琶湖のことである。六音の字余りとなっている。
二句「沖漕ぐ舟の」は、沖を漕ぐ舟が、の意である。広い湖上を行く舟を描いている。
三句「いかり下ろし」は、碇を下ろして、の意である。六音の字余りで、初句からここまでが序詞となり、舟が碇を下ろして一所に留まる様子から四句の「隠りて」を導いている。
四句「隠りて君が」は、こもっていて、あなたの、の意である。人目を避けて家にこもり、ひたすら待つ様子をいう。
結句「言待つ我れぞ」は、言葉を待っている私なのだ、の意である。文末の「ぞ」は強く言い切る働きをし、待つ身の自分を示して結んでいる。
いかり:船をとどめるために水底に下ろすおもり。碇
こもる:人目を避けて家の内に引きこもる
こと:言葉。便り
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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近江の海沖つ島山奥まけて 我が思ふ妹が言の繁けく
- 次の歌
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隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ 妹が名告りつ忌むべきものを