白真弓石辺の山の常磐なる
命なれやも恋ひつつ居らむ
- 歌の意味
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白真弓を射るという石辺の山の、常に変わらない岩のような命であろうか、そうではないのに、どうしていつまでも恋い続けていられようか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2444
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
石辺の山の岩のように永遠に変わらない命であるならともかく、限りある命の身で、いつまでも恋い続けてなどいられようかと嘆く歌である。早く逢いたいという思いを、命の短さという面から訴えている。
前歌の第二千四百四十三首の「岩が根」に続いて、本歌も石に寄せ、岩の常磐と人の命のはかなさとを対比している。石辺の山の所在は未詳であり、近江の石部とする説などがある。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「白真弓」は「石辺」にかかる枕詞である。白木の真弓を「射(い)る」ことから、同じ音の「い」で始まる「石辺」を導いている。
二句「石辺の山の」は、石辺の山の、の意である。山の名に含まれる「石」が、三句の「常磐」を引き出している。
三句「常磐なる」は、常に変わらない岩のような、の意である。初句からここまでが序詞で、永遠に変わらない岩の性質から四句の「命」を修飾している。
四句「命なれやも」は、命であろうか、いやそうではない、の意である。「なれやも」は已然形「なれ」に「や」「も」が付いた形で反語を表している。
結句「恋ひつつ居らむ」は、恋い続けていられようか、の意である。接続助詞「つつ」が継続を表し、四句の反語を受けて推量の助動詞「む」で結んでいる。
しらまゆみ:白木の檀(まゆみ)で作った弓。「い」の音を持つ語にかかる枕詞となる
ときは:常に変わらない岩。永久不変であること
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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隠りどの沢泉なる岩が根も 通してぞ思ふ我が恋ふらくは
- 次の歌
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近江の海沈く白玉知らずして 恋ひせしよりは今こそまされ