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白玉を巻きてぞ持てる今よりは
我が玉にせむ知れる時だに

歌の意味
白玉を手に巻いて持っている。今からは私の玉にしよう。せめて自分のものと知っている間だけでも。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2446

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 白玉を手に巻いて持っている、今からは自分の玉として大切にしようと詠んだ歌である。白玉は恋しい女性の比喩であり、ようやく手に入れた恋人をいとおしむ喜びを、玉を身につける姿に託している。
 前歌の第二千四百四十五首から白玉の歌が続き、次歌の第二千四百四十七首も「白玉を」で始まる。本歌と次歌はともに白玉を手に巻く姿を詠み、手にした喜びを述べる本歌に対して、次歌は手に巻いて以来忘れまいと思う心の変わらなさを詠んでいる。結句の「知れる時だに」の解釈には諸説がある。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「白玉を」は、白玉を、の意である。白玉は真珠のことで、ここでは恋しい女性を喩えている。
 二句「巻きてぞ持てる」は、手に巻いて持っている、の意である。係助詞「ぞ」を受けて、存続の助動詞「り」の連体形「る」で結ぶ係り結びとなり、ここで切れる二句切れである。
 三句「今よりは」は、今からは、の意である。手に入れた今を境として、これからのことを述べている。
 四句「我が玉にせむ」は、私の玉にしよう、の意である。助動詞「む」が意志を表し、相手を自分のものとして大切にしようという思いを示している。
 結句「知れる時だに」は、せめて知っている時だけでも、の意である。副助詞「だに」は最小限の限定を表し、自分のものと知っている間だけでも、と解されている。

しらたま:白い玉。真珠のこと
まく:玉などを手や腕に巻きつける
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
近江の海沈く白玉知らずして 恋ひせしよりは今こそまされ
次の歌
白玉を手に巻きしより忘れじと 思ひけらくは何か終らむ