香具山に雲居たなびきおほほしく
相見し子らを後恋ひむかも
- 歌の意味
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香具山に雲がたなびいてぼんやりとかすむように、おぼろげにしか逢わなかったあの子を、後になって恋しく思うのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2449
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
香具山にたなびく雲のように、ほのかにしか逢えなかった娘を、後になってから恋しく思うことになるのだろうかと、心残りを先取りして詠んだ恋の歌である。十分に逢えなかったもどかしさと、その思いがかえって後の恋を深めるだろうという予感を、雲にかすむ山の景色に託している。
物に寄せる歌のうち、本歌から雲に寄せる歌がしばらく続く。次歌の第二千四百五十首は三句、四句の「おほほしく相見し子らを」を本歌と共有し、本歌が「後恋ひむかも」と先の恋しさを予感するのに対し、次歌は「見むよしもがも」と再び逢う手だてを願う。同じ句を持つ二首が雲の山と雲間の月とを詠み分け、対をなして並べられている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「香具山に」の香具山は、奈良県橿原市にある大和三山の一つで、天の香具山とも呼ばれる。万葉集に多く詠まれる名高い山である。
二句「雲居たなびき」は、雲がたなびいて、の意である。「雲居」は雲のある所の意から雲そのものをもいう。初句と合わせた上二句が、雲に山がかすむさまから「おほほしく」を導く序詞となっている。
三句「おほほしく」は、ぼんやりとして、はっきりしないさまをいう。序詞を受けて、山にかかる雲の景から、ほのかにしか逢えなかったことへと転じる要の句である。
四句「相見し子らを」は、逢ったあの子を、の意である。「相見る」は顔を合わせること、逢うことで、「子ら」の「ら」は親しみを表す接尾語である。
結句「後恋ひむかも」は、後になって恋しく思うのだろうか、の意である。推量の助動詞「む」に疑問と詠嘆の「かも」が付き、先々の恋しさを案じる思いを表している。
くもゐ:雲。雲のある所の意から雲そのものもいう
こら:女性を親しんで呼ぶ語。「ら」は親愛を表す接尾語
あひみる:顔を合わせる、男女が逢う
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白玉の間開けつつ貫ける緒も くくり寄すれば後もあふものを
- 次の歌
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雲間よりさ渡る月のおほほしく 相見し子らを見むよしもがも