天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも
異し手枕我れまかめやも
- 歌の意味
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天の雲が地と寄り合う果てのように遠く隔たっているので、逢えないでいても、ほかの人の手枕を私がするだろうか、いや決してしない。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2451
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
空の雲が地平と寄り合う果てほどに遠く離れていて逢えないとしても、ほかの人の腕を枕に寝ることなど決してしないと、離れた恋人への変わらぬ心を誓った恋の歌である。遠い隔たりを天の果ての雲で示し、それでも揺るがない一途な思いを反語で強く言い切っている。
前歌に続き雲に寄せる歌である。前の二首が雲にかすむ景から恋人の姿のおぼろさを詠んだのに対し、本歌は雲の寄り合う遠い果てによって二人の距離の大きさを表している。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「天雲の」は、空の雲の、の意である。次の句と続き、雲の寄り合う所、すなわち天と地とが接する遠い果てを思わせる。
二句「寄り合ひ遠み」は、雲の寄り合う果てのように遠いので、の意である。「遠み」は形容詞「遠し」の語幹に接尾語「み」が付いた形で、原因や理由を表す。
三句「逢はずとも」は、逢わないでいても、の意である。接続助詞「とも」は逆接の仮定を表し、たとえ逢えなくてもと次の誓いを引き出している。
四句「異し手枕」は、ほかの人の手枕、の意である。「異し」は他の、別のの意で、恋人以外の人と共寝することをいう。
結句「我れまかめやも」は、私が枕にするだろうか、いやしない、の意である。「まく」は枕にする意の動詞で、推量の助動詞「む」の已然形「め」に「やも」が付いた反語の表現が、強い否定の誓いとなっている。
まく:枕にする、共寝する
たまくら:腕を枕にすること、手枕
よりあひ:雲などが寄り合う所。天と地が接する遠い果て
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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雲間よりさ渡る月のおほほしく 相見し子らを見むよしもがも
- 次の歌
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雲だにもしるくし立たば慰めて 見つつも居らむ直に逢ふまでに