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雲だにもしるくし立たば慰めて
見つつも居らむ直に逢ふまでに

歌の意味
せめて雲だけでもはっきりと立つならば、心を慰めて、それを見ながら過ごしていよう、じかに逢うまでは。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2452

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 逢えない間は、せめて雲だけでもはっきりと立ってくれれば、それを眺めて心を慰めていようと、恋人に直接逢える日を待つ思いを詠んだ恋の歌である。恋人のいる方角に立つ雲を、逢えない間のよすがにしようとする切ない心が表れている。
 前歌に続き雲に寄せる歌である。前歌が雲の寄り合う遠い果てで隔たりを表したのに対し、本歌は遠くに立つ雲を、その隔たりを慰めるよりどころとしている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「雲だにも」は、せめて雲だけでも、の意である。副助詞「だに」は最小限の望みを表し、「も」がそれを強めている。逢うことは叶わなくても、という気持ちが込められている。
 二句「しるくし立たば」は、はっきりと立つならば、の意である。「しるく」は形容詞「しるし」の連用形で、はっきりと目立つさまをいう。「し」は強意の副助詞で、未然形に「ば」が付いた仮定条件となっている。
 三句「慰めて」は、心を慰めて、の意である。雲を眺めることで恋しさを紛らわそうとする思いを表している。
 四句「見つつも居らむ」は、見ながら過ごしていよう、の意である。「つつ」は継続を表し、「む」は意志を表す。雲を見続けて時を過ごすさまをいう。
 結句「直に逢ふまでに」は、じかに逢うまでは、の意である。音が八音の字余りとなっている。結句に置かれて、雲を見て過ごすのは再会までの間だという思いを示している。

をる:じっとそこにいる、時を過ごす
なぐさむ:心を晴らす、気を紛らす
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも 異し手枕我れまかめやも
次の歌
春柳葛城山に立つ雲の 立ちても居ても妹をしぞ思ふ