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春柳葛城山に立つ雲の
立ちても居ても妹をしぞ思ふ

歌の意味
葛城山に立つ雲のように、立っていても座っていても、あの子のことばかりを思っている。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2453

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 葛城山に立つ雲の「立つ」から「立ちても居ても」へと言葉をつなぎ、何をしていても恋人のことばかりを思っていると詠んだ恋の歌である。山に湧き立つ雲の景を序として、片時も離れない恋しさを率直に言い表している。
 前歌に続き雲に寄せる歌である。結句の「妹をしぞ思ふ」は、次歌の第二千四百五十四首の結句「君をしぞ思ふ」と同じ形をとり、男の側から「妹」を、次歌では「君」を思う形となって並んでいる。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「春柳」は「葛城」にかかる枕詞である。春の柳の枝を髪飾りのかずらにすることから、同音の「かづら」を持つ葛城にかかる。
 二句「葛城山に」の葛城山は、奈良県と大阪府の境にある金剛山地の山である。枕詞を受けて、雲の立つ山として示されている。
 三句「立つ雲の」は、立ちのぼる雲のように、の意である。上三句が序詞となり、雲が「立つ」ことから同じ音の四句の「立ち」を導いている。
 四句「立ちても居ても」は、立っていても座っていても、すなわち何をしていても、の意である。「居」は座っていることをいい、序詞から心情へと転じる句である。
 結句「妹をしぞ思ふ」は、あの子のことばかりを思う、の意である。「し」は強意の副助詞で、係助詞「ぞ」を受けて「思ふ」が連体形で結ばれる係り結びとなっている。

いも:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
かづら:草木のつるや枝、花を髪に巻いて飾りとしたもの
ゐる:座る、じっとしている
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
雲だにもしるくし立たば慰めて 見つつも居らむ直に逢ふまでに
次の歌
春日山雲居隠りて遠けども 家は思はず君をしぞ思ふ