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春日山雲居隠りて遠けども
家は思はず君をしぞ思ふ

歌の意味
春日山が雲に隠れて遠くなったけれども、家のことは思わず、あなたのことばかりを思っている。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2454

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 春日山が雲に隠れて見えなくなるほど遠く来てしまったけれども、家のことよりも、ただあなたのことばかりを思っていると詠んだ恋の歌である。旅にあって故郷の山が遠ざかる寂しさを述べつつ、それにもまさる恋人への思いを言い切っている。
 前歌に続き雲に寄せる歌である。結句の「君をしぞ思ふ」は前歌の結句「妹をしぞ思ふ」と同じ形をとり、二首が並べて置かれている。「君」は多く女性が男性を呼ぶ語であるが、本歌では旅にある作者が思いを寄せる人を指している。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「春日山」は、奈良の都の東にある山で、都の人々にとって見慣れた山である。初句で名を挙げ、遠ざかる故郷の目印としている。
 二句「雲居隠りて」は、雲の中に隠れて、の意である。「雲居」は雲をいい、「隠り」は上代に四段活用でも用いた「隠る」の連用形である。
 三句「遠けども」は、遠いけれども、の意である。「遠け」は形容詞「遠し」の古い已然形で、逆接の「ども」が付いている。
 四句「家は思はず」は、家のことは思わない、の意である。係助詞「は」で家を取り立て、結句の「君」と対比させている。
 結句「君をしぞ思ふ」は、あなたのことばかりを思う、の意である。「し」は強意の副助詞で、係助詞「ぞ」を受けて「思ふ」が連体形で結ばれる係り結びとなっている。

くもゐ:雲。雲のある所の意から雲そのものもいう
かくる:隠れる。上代には四段活用でも用いた
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
春柳葛城山に立つ雲の 立ちても居ても妹をしぞ思ふ
次の歌
我がゆゑに言はれし妹は高山の 嶺の朝霧過ぎにけむかも