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朝霜の消なば消ぬべく思ひつつ
いかにこの夜を明かしてむかも

歌の意味
朝霜のように、消えるならば消えてしまいそうなほどに思い続けながら、どのようにしてこの夜を明かしたらよいのだろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2458

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 朝霜が消えるように、いっそ消えてしまいそうなほど恋に思い悩みながら、この長い夜をどうやって明かせばよいのかと嘆いた恋の歌である。日が差せばはかなく消える朝霜に、恋に身も細る思いを重ね、眠れぬ夜の苦しさを訴えている。
 雨に寄せる歌に続き、本歌は霜に寄せる歌である。恋のために命も消え入りそうだという思いを、夜明けとともに消える朝霜で表しており、夜を明かしかねる嘆きと朝霜の景とが響き合っている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「朝霜の」は「消」にかかる枕詞である。朝霜が日に当たってたやすく消えることからかかる。
 二句「消なば消ぬべく」は、消えるならば消えてしまいそうなほどに、の意である。「消なば」は完了の「ぬ」の未然形に「ば」が付いた仮定で、「消ぬべく」は完了の「ぬ」に推量の「べし」が付いた形である。同じ語を重ねて、命も消え入りそうな思いを強めている。
 三句「思ひつつ」は、思い続けながら、の意である。「つつ」は継続を表し、恋の物思いが夜通し続くさまをいう。
 四句「いかにこの夜を」は、どのようにしてこの夜を、の意である。疑問の副詞「いかに」が結句の「かも」と呼応している。
 結句「明かしてむかも」は、明かしたらよいのだろうか、の意である。完了の「ぬ」の未然形「て」に推量の「む」が付き、疑問と詠嘆の「かも」で途方に暮れる思いを表している。

く:消える。「消なば」「消ぬ」の「消(け)」はその活用した形
あかす:夜を過ごして朝を迎える
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
大野らに小雨降りしく木の下に 時と寄り来ね我が思ふ人
次の歌
我が背子が浜行く風のいや早に 言を早みかいや逢はずあらむ