古典和歌stream

我が背子が浜行く風のいや早に
言を早みかいや逢はずあらむ

歌の意味
あの人が行く浜を吹く風がいよいよ速いように、うわさが激しいからか、いよいよ逢わずにいるのだろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2459

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 浜を吹き過ぎる風がいよいよ速いように、人のうわさが激しいためか、あの人はますます逢いに来なくなるのだろうかと、女の立場で嘆いた恋の歌である。うわさを恐れて足が遠のく恋人への不安を、浜を吹く速い風に託している。
 霜に寄せる前歌に続き、本歌は風に寄せる歌である。「早」と「いや」の語を二度ずつ重ねる調子のよさに、うわさの広がる速さと、遠ざかる恋人への焦りとがこもっている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「我が背子が」は、私の夫が、あの人が、の意で、女性が男性を呼ぶ「背子」により女の歌であることが知られる。あの人の行く浜、と次の句に続く。
 二句「浜行く風の」は、浜を吹いてゆく風のように、の意である。上二句が序詞となり、風の速さから三句の「いや早に」を導いている。
 三句「いや早に」は、いよいよ速く、の意である。「いや」はますます、いよいよの意で、四句の「早み」と同じ語を重ねている。
 四句「言を早みか」は、うわさが激しいからか、の意である。「を」と「み」で原因、理由を表し、係助詞「か」が疑問を表して結句の「あらむ」と係り結びをなしている。
 結句「いや逢はずあらむ」は、ますます逢わずにいるのだろうか、の意である。三句と同じく「いや」を重ね、四句の「か」を受けて推量の「む」が連体形で結ばれている。

せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
こと:人のうわさ、言葉
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
朝霜の消なば消ぬべく思ひつつ いかにこの夜を明かしてむかも
次の歌
遠き妹が振り放け見つつ偲ふらむ この月の面に雲なたなびき