- 歌の意味
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天に照る月が隠れてしまったならば、何になぞらえてあの子を偲んだらよいのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2463
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
天に照る月が隠れてしまったら、いったい何になぞらえて恋人を偲べばよいのかと嘆いた恋の歌である。逢えない恋人の面影を月に重ねて慕ってきた作者にとって、月はただ一つのよすがであり、それを失うことへの不安が素直に表れている。
前歌に続き月に寄せる歌である。前歌の第二千四百六十二首が照り出る月の光に恋人の姿を求めたのに対し、本歌は月が隠れたときを思いやっており、月の出と月の隠れとが対をなしている。三句の「隠り」は、次歌の第二千四百六十四首の三句「雲隠り」にも受け継がれている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「久方の」は、天、空、月、光などにかかる枕詞で、ここでは二句の「天」にかかる。
二句「天照る月の」は、天に照り輝く月が、の意である。恋人を偲ぶよすがとしてきた月を、大きく明るく描き出している。
三句「隠りなば」は、隠れてしまったならば、の意である。「隠る」に完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」と「ば」が付いた仮定条件で、まだ起きていない事態を案じている。次歌の三句「雲隠り」と同じ語を用いている。
四句「何になそへて」は、何になぞらえて、の意である。疑問の語「何」によって、月に代わるものが見当たらない心細さを表している。
結句「妹を偲はむ」は、あの子を偲んだらよいのだろうか、の意である。推量の助動詞「む」が四句の「何」と呼応し、思い迷う気持ちで一首を結んでいる。
ひさかた:「ひさかたの」の形で天、月、光などにかかる枕詞となる
かくる:隠れる。上代には四段活用でも用いた
なそふ:なぞらえる、他の物に見立てる
しのふ:離れている人を思い慕う
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子し我れを思はばまそ鏡 照り出づる月の影に見え来ね
- 次の歌
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三日月のさやにも見えず雲隠り 見まくぞ欲しきうたてこのころ