菅の根のねもころ君が結びてし
我が紐の緒を解く人もなし
- 歌の意味
-
心を込めてあなたが結んでくれた私の衣の紐を、解く人もいない。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2473
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
別れの際にあなたが心を込めて結んでくれた衣の紐を、解く人は誰もいないと詠んだ歌である。あなた以外に紐を解く人はなく、ひたすら思いを守っている意とも、そのあなたも来て解いてはくれないという嘆きとも読める。
物に寄せて思ひを陳ぶ歌の一首で、菅に寄せた歌が続く中にある。前歌と同じく「ねもころ」の語を用い、前歌が序詞で導いたのに対し、本歌は枕詞「菅の根の」で導いている。紐を結ぶことを詠む点では、本巻の第二千四百七十七首とも通じている。
万葉集では、男女が別れる際に互いの衣の紐を結び合い、再び逢うまで解かないという習わしがしばしば詠まれており、本歌もその習わしを踏まえている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「菅の根の」は、菅の根が長く絡み合うことから「ねもころ」にかかる枕詞である。
二句「ねもころ君が」は、心を込めてあなたが、の意である。前歌の四句と同じく「ねもころ」の語を用いている。
三句「結びてし」は、結んでくれた、の意である。「て」は完了の助動詞「つ」、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、別れの日の記憶を呼び起こしている。
四句「我が紐の緒を」は、私の衣の紐を、の意である。「緒」は紐のことで、再会まで解かないと誓った紐を指している。
結句「解く人もなし」は、解く人もいない、の意である。係助詞「も」によって、誰一人解く者がないことを強めて結んでいる。
すが:菅。カヤツリグサ科の草の総称
ひものを:衣の紐。「を」は緒で、ひもの意
- 作者
-
柿本人麻呂歌集
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
見わたしの三室の山の巌菅 ねもころ我れは片思ぞする
- 次の歌
-
山菅の乱れ恋のみせしめつつ 逢はぬ妹かも年は経につつ