古典和歌stream

山菅の乱れ恋のみせしめつつ
逢はぬ妹かも年は経につつ

歌の意味
心乱れる恋ばかりを私にさせ続けながら、逢ってくれないあの子であることよ。年は過ぎていくというのに。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2474

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 心の乱れる恋ばかりを自分にさせながら、少しも逢ってくれない相手を恨み、むなしく年月が過ぎていくことを嘆いた歌である。乱れ生える山菅の葉に、思い乱れる恋心を寄せている。
 物に寄せて思ひを陳ぶ歌の一首で、菅に寄せた歌が続く中の一首である。結句「年は経につつ」は本巻の第二千四百七十九首の結句と同じであり、逢えないまま年月だけが過ぎていく嘆きを共有している。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「山菅の」は、山に生える菅の葉が乱れ茂ることから「乱れ」にかかる枕詞である。
 二句「乱れ恋のみ」は、心が乱れるほどの恋ばかりを、の意である。「のみ」は限定の助詞で、逢うことはなく恋の苦しみだけがあることを示している。
 三句「せしめつつ」は、させ続けながら、の意である。「しめ」は使役の助動詞「しむ」の連用形で、相手が自分にそうした恋をさせていることを表している。
 四句「逢はぬ妹かも」は、逢ってくれないあの子であることよ、の意である。「かも」は詠嘆の助詞で、ここで句切れとなる。
 結句「年は経につつ」は、年は過ぎていきながら、の意である。「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「つつ」は継続を表し、倒置の形で、逢えないまま重なる年月への嘆きを余情として残している。

やますげ:山に生える菅。「やますげの」の形で「乱る」などにかかる枕詞となる
みだれごひ:心が乱れるほどの激しい恋
ふ:時が過ぎる、経過する
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
菅の根のねもころ君が結びてし 我が紐の緒を解く人もなし
次の歌
我が宿の軒にしだ草生ひたれど 恋忘れ草見れどいまだ生ひず