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水底に生ふる玉藻のうち靡き
心は寄りて恋ふるこのころ

歌の意味
水底に生える玉藻のように、ひたすらなびいて、心はあなたに寄り添って恋い慕うこのごろだ。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2482

詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
 水底に生える玉藻が水の流れになびくように、心がひたすら相手に寄って恋い慕っている近ごろの思いを詠んだ歌である。揺れなびく藻の姿に、相手へと傾いていく心を重ねている。
 物に寄せて思ひを陳ぶ歌の一首で、玉藻に寄せた恋の歌である。次歌も「玉藻なす靡き」と玉藻のなびくさまを詠んでおり、二首が玉藻を介して並んでいる。本歌が恋い慕う自分の心を玉藻にたとえたのに対し、次歌は相手の寝姿を玉藻にたとえている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「水底に」は、水の底に、の意である。
 二句「生ふる玉藻の」は、生えている美しい藻の、の意である。「玉」は美称である。初句からここまでが序詞で、藻のなびくさまから次の「うち靡き」を導いている。
 三句「うち靡き」は、ひたすらなびいて、の意である。「うち」は接頭語で、藻のなびくさまと、心が相手に傾くさまとを重ねている。
 四句「心は寄りて」は、心は相手に寄り添って、の意である。係助詞「は」によって心を取り立てている。
 結句「恋ふるこのころ」は、恋い慕うこのごろだ、の意である。名詞「このころ」で結ぶ体言止めで、今まさに続いている恋の思いを余韻として残している。

みなそこ:水の底
たまも:藻の美称
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
大野らにたどきも知らず標結ひて ありかつましじ我が恋ふらくは
次の歌
敷栲の衣手離れて玉藻なす 靡きか寝らむ我を待ちかてに