- 歌の意味
-
肥人が額髪を結っている染め木綿のように、深く染みついた心を、私は忘れることがあろうか。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2496
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
肥人が額髪を結う染めた木綿に寄せて、深く染みついた恋心を決して忘れはしないと誓った歌である。異郷の人々の珍しい髪飾りを序に取り込み、色が布に染み込むように思いが心に染み込んださまを表している。
肥人は九州南部の人々をいうとされ、次歌の隼人とともに南九州の人々を序に用いた歌が並べられている。一度染みついた色が落ちないように、心変わりしないことを誓う歌として読むことができる。
なお原文には「一云 忘らえめやも」という異伝が注記されている。忘れられようか、の意となるが、ここでは本文の「我れ忘れめや」を採った。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「肥人の」は、肥人の、の意である。肥人は九州南部、肥後の球磨地方の人々をいうとされる。
二句「額髪結へる」は、額の髪を結っている、の意である。「結へる」は「結ふ」に存続の助動詞「り」の連体形が付いた形で、異郷の人々の髪の結い方を描いている。
三句「染木綿の」は、染めた木綿のように、の意である。初句からこの句までが序詞で、「しめ」と「しみ」の音の類似から四句の「染みにし」を導いている。
四句「染みにし心」は、深く染みついてしまった心、の意である。完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」と過去の助動詞「き」の連体形「し」が付き、思いがすっかり心に染み込んだことを表している。
結句「我れ忘れめや」は、私は忘れようか、忘れはしない、の意である。「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、「や」は反語の助詞である。
こまひと:九州南部、肥後の球磨地方の人々をいうとされる
ぬかがみ:額に垂れる髪、前髪
ゆふ:楮の皮の繊維で作った糸や布、木綿
- 作者
-
柿本人麻呂歌集
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
たらつねの母が養ふ蚕の繭隠り 隠れる妹を見むよしもがも
- 次の歌
-
隼人の名に負ふ夜声のいちしろく 我が名は告りつ妻と頼ませ