我妹子に恋ひしわたれば剣大刀
名の惜しけくも思ひかねつも
- 歌の意味
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我妹子をずっと恋い続けているので、浮き名が立つのが惜しいということも、もう気にかけていられなくなった。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2499
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
我妹子を恋い続けるうちに、世間に噂が立って名が汚れることを惜しむ気持ちさえ、もう持てなくなったと述べた歌である。人目や評判を気にする段階を越えてしまった恋の深まりが表れている。
前歌に続いて剣大刀を詠むが、本歌では「名」にかかる枕詞として用いており、刀に寄せる歌が二首並んでいる。名を惜しむことと恋とのせめぎ合いは、万葉集の恋の歌にしばしば見られる主題である。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「我妹子に」は、いとしい妻に、の意である。「我妹子」は男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語である。
二句「恋ひしわたれば」は、恋い続けているので、の意である。「し」は強めの助詞、「わたる」は時を過ごし続けることをいい、已然形に「ば」が付いて理由を示している。
三句「剣大刀」は、四句の「名」にかかる枕詞である。刀の刃を「な」と言ったことから同音の「名」にかかるとされ、前歌の「剣大刀」と対応している。
四句「名の惜しけくも」は、名が惜しいということも、の意である。「惜しけく」は形容詞「惜し」のク語法で、浮き名が立って評判を失うことを惜しむ気持ちをいう。
結句「思ひかねつも」は、もう思っていることができなくなった、の意である。「かぬ」は、しようとしてもできない意、「つ」は完了、「も」は詠嘆で、名を惜しむ心さえ失った嘆きを込めて結んでいる。
わぎもこ:男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語
わたる:ある状態のまま時を過ごし続ける
かぬ:しようとしてもできない、しかねる
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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剣大刀諸刃の利きに足踏みて 死なば死なむよ君によりては
- 次の歌
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朝月の日向黄楊櫛古りぬれど 何しか君が見れど飽かざらむ