里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡
床の辺去らず夢に見えこそ
- 歌の意味
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里が遠いので、恋しさにしおれてしまった。まそ鏡のように、寝床のそばを離れずに夢に見えてほしい。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2501
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
恋人の住む里が遠いために逢うことができず、恋しさにうちしおれてしまったので、せめて寝床のそばを離れずに夢に現れてほしいと願った歌である。現実には逢えない恋人を、夢の中に求める切ない思いが表れている。
まそ鏡に寄せた歌で、寝床のそばに置かれる鏡と、夢に「見え」ることとを結びつけている。次歌も「まそ鏡」で歌い起こし、さらに本巻の第二千五百三首にも「床の辺去らぬ」とあって、鏡や枕など寝床の周りの品に寄せる歌が連なっている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「里遠み」は、里が遠いので、の意である。形容詞「遠し」の語幹に接尾語「み」が付いた、いわゆるミ語法で理由を表している。
二句「恋ひうらぶれぬ」は、恋しさに心がしおれてしまった、の意である。「うらぶる」は、心がしおれて元気をなくすことをいう。ここで句切れとなる。
三句「まそ鏡」は、よく澄んで曇りのない鏡をいう。鏡を寝床のそばに置くことから四句の「床の辺去らず」にかかる枕詞とされ、結句の「見え」とも縁のある語である。
四句「床の辺去らず」は、寝床のそばを離れずに、の意である。本巻の第二千五百三首の「床の辺去らぬ」と同じ言い方である。
結句「夢に見えこそ」は、夢に見えてほしい、の意である。「こそ」は他に対する願望を表す助詞で、恋人の姿を夢に求める思いで結んでいる。
まそかがみ:よく澄んで曇りのない鏡
うらぶる:心がしおれて元気をなくす
いめ:夢
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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朝月の日向黄楊櫛古りぬれど 何しか君が見れど飽かざらむ
- 次の歌
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まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な 見れども君は飽くこともなし