まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な
見れども君は飽くこともなし
- 歌の意味
-
まそ鏡を手に取り持って毎朝見るように、毎朝見ても、あなたは見飽きることがない。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2502
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
毎朝手に取って見る鏡のように、毎朝あなたを見ても見飽きることがないと、変わらない愛情を述べた歌である。日々繰り返される身近なしぐさに寄せて、相手を思う心の新しさを言い表している。
前歌と同じく「まそ鏡」で歌い起こし、鏡に寄せる歌が二首続いている。前歌が逢えない恋人を夢に求めるのに対し、本歌は毎朝見ても飽きない相手を詠み、逢えない嘆きと逢える喜びとが対をなしている。本巻の第二千五百首の「見れど飽かざらむ」とも同じ思いを詠んでいる。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「まそ鏡」は、よく澄んで曇りのない鏡をいう。前歌と同じ語で歌い起こしている。
二句「手に取り持ちて」は、手に取って持って、の意である。初句からこの句までが序詞で、鏡を手に取って見ることから四句の「見れども」を導いている。
三句「朝な朝な」は、毎朝毎朝、の意である。鏡を見る朝の習いと、相手を見る日々とを重ねている。
四句「見れども君は」は、見てもあなたは、の意である。逆接の「ども」によって、見慣れていることと見飽きないこととを結びつけている。
結句「飽くこともなし」は、飽きることもない、の意である。「も」によって、どれほど見ても飽きることがないと強めて結んでいる。
まそかがみ:よく澄んで曇りのない鏡
あく:十分に満ち足りていやになる、飽きる
- 作者
-
柿本人麻呂歌集
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡 床の辺去らず夢に見えこそ
- 次の歌
-
夕されば床の辺去らぬ黄楊枕 何しか汝れが主待ちかたき