解き衣の恋ひ乱れつつ浮き真砂
生きても我れはありわたるかも
- 歌の意味
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解いた衣のように恋に乱れながら、浮いた砂のように、それでも生きて私は過ごし続けていくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2504
詞書は前の歌に続き「物に寄せて思ひを陳ぶ」
解いた衣のように恋に心が乱れたまま、それでも生きながらえて過ごし続けていくのだろうかと、恋の苦しさの中にある身の上を嘆いた歌である。死ぬこともできず、乱れた心のまま日を重ねていくやるせなさが表れている。
解き衣と浮き真砂という二つの物に寄せて心を述べている。本巻の第二千四百九十八首が恋のためなら死をもいとわないと詠んだのに対し、本歌は恋に乱れながら生きていく身を詠んでおり、生と死をめぐって思いを述べる点で通い合っている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「解き衣の」は、二句の「乱れ」にかかる枕詞である。縫い目を解いた衣がばらばらに乱れることからかかる。
二句「恋ひ乱れつつ」は、恋に心を乱しながら、の意である。「つつ」は継続を表す助詞で、乱れた思いが続いているさまをいう。
三句「浮き真砂」は、水中に浮き漂う細かな砂をいう。四句の「生きて」を導く語句で、「うき」と「いき」の音の類似によるとされる。
四句「生きても我れは」は、生きていても私は、の意である。「も」によって、これほど恋に苦しみながらも、という意を添えている。
結句「ありわたるかも」は、過ごし続けていくのだろうか、の意である。「ありわたる」は、そのままの状態で時を過ごし続けることをいい、「かも」は詠嘆を込めた疑問の助詞である。
とききぬ:縫い目を解いた衣
まなご:細かな砂、まさご
ありわたる:そのままの状態で時を過ごし続ける
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夕されば床の辺去らぬ黄楊枕 何しか汝れが主待ちかたき
- 次の歌
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梓弓引きてゆるさずあらませば かかる恋にはあはざらましを