すめろぎの神の御門を畏みと
さもらふ時に逢へる君かも
- 歌の意味
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天皇の神々しい宮廷を恐れ多いとかしこまってお仕えしているその時に、逢ったあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2508
詞書「問答」
宮中で恐れかしこみながらお仕えしているまさにその時に、思う人に出逢ったことよと詠んだ歌である。人目の多い宮廷で恋しい人に行き会った驚きと、思いのままに言葉を交わすこともできないもどかしさが感じられる。
詞書の「問答」は、問いかける歌とそれに答える歌とを組にして集めた部立である。本歌は柿本人麻呂歌集の問答の最初の歌で、左注に「右二首」とあるとおり次歌と一組をなす。本歌の問いに対して、次歌は見たなどと言えようか、隠れている妻なのだからと答えており、宮中で行き会った二人の秘めた恋が一組の問答で描かれている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「すめろぎの」は、天皇の意である。もとは皇祖を指す語で、次の「神の御門」を修飾し、天皇を神として仰ぐ思いを表している。
二句「神の御門を」は、神である天皇の宮廷、朝廷の意である。「御門」は宮殿の門から転じて朝廷そのものを指す。
三句「畏みと」は、恐れ多いとして、の意である。形容詞「畏し」の語幹に接尾語「み」が付いたミ語法に「と」が添い、かしこまる理由を示している。
四句「さもらふ時に」は、伺候している時に、の意である。「さもらふ」は貴人のそばに控えて仕えることで、宮仕えの緊張した場面を示している。
結句「逢へる君かも」は、逢ったあなたであることよ、の意である。「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、終助詞「かも」が思いがけない出逢いへの詠嘆を表している。
すめろぎ:天皇。もとは皇祖の意
みかど:御門。宮殿の門、転じて朝廷
さもらふ:貴人のそばに控えて仕える、伺候する
- 作者
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柿本人麻呂歌集
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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玉桙の道行き占に占なへば 妹に逢はむと我れに告りつも
- 次の歌
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まそ鏡見とも言はめや玉かぎる 岩垣淵の隠りたる妻