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まそ鏡見とも言はめや玉かぎる
岩垣淵の隠りたる妻

歌の意味
見たなどと言おうか、言いはしない。岩に囲まれた淵のように、人目に隠れている妻のことは。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2509

詞書は前の歌に続き「問答」
 宮中で逢ったことを、見たなどと人に言えようか、岩垣に囲まれた淵のように人目を避けて隠れている妻なのだから、と答えた歌である。秘めた恋を守り抜こうとする思いと、隠り妻をいとおしむ心が込められている。
 前歌の「逢へる君かも」という問いに答える歌で、左注の「右二首」によって一組とされる。前歌が宮中で思いがけず行き会った驚きを詠むのに対し、本歌は見たことを口外しないと誓い、二人の恋が人に知られてはならない忍ぶ恋であることを明かしている。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「まそ鏡」は「見」にかかる枕詞である。「まそ鏡」はよく澄んだ鏡のことで、鏡は見るものであることからかかる。
 二句「見とも言はめや」は、見たとも言おうか、言いはしない、の意である。「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、助詞「や」と結んで反語を表す。ここで二句切れとなる。
 三句「玉かぎる」は「岩垣淵」にかかる枕詞である。玉がほのかに光る意から、ほの暗い淵へとかかるとされる。
 四句「岩垣淵の」は、岩が垣根のように取り囲んでいる淵の意である。助詞「の」は、のように、の意で、淵の奥深さによって次の「隠り」を言い起こしている。
 結句「隠りたる妻」は、人目につかないところに隠れている妻、の意である。体言止めで結び、忍ぶ妻への思いを強く印象づけている。

まそかがみ:よく澄んだ鏡。「まそかがみ」の形で「見」などにかかる枕詞
いはがきふち:岩が垣根のように周りを囲んでいる淵
こもる:人目につかないところに隠れている
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
すめろぎの神の御門を畏みと さもらふ時に逢へる君かも
次の歌
赤駒が足掻速けば雲居にも 隠り行かむぞ袖まけ我妹