- 歌の意味
-
赤駒の足どりが速いので、雲の彼方にも隠れて行ってしまうだろうよ。袖を枕にして寝よ、我が妻よ。
- 鑑賞
-
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2510
詞書は前の歌に続き「問答」
赤駒の足が速いので、帰り道ではたちまち雲の彼方に隠れるほど遠くへ行ってしまうだろう、だから今は袖を枕にして寝よと妻に呼びかけた歌である。別れの時が迫るなかで、共に過ごす今のひとときを惜しむ男の心が詠まれている。
左注に「右三首」とあり、本歌から本巻の第二千五百十二首までの三首が一組の問答をなす。本歌は男の問いかけで、次歌は泊瀬への道の険しさを案じる女の歌、その次の歌は男の馬の音を聞きつけて喜ぶ女の歌である。馬で通う男と待つ女との恋が、三首によって描かれている。
作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。
初句「赤駒が」は、赤毛の馬が、の意である。赤駒は栗毛の馬のことで、男が妻のもとへ通う乗り物として万葉集にしばしば詠まれる。
二句「足掻速けば」は、足の運びが速いので、の意である。「速け」は形容詞「速し」の古い已然形で、助詞「ば」が付いて確定条件を表している。
三句「雲居にも」は、雲のかかるはるか遠い所にも、の意である。助詞「も」が、そこまでも、という遠さを強めている。
四句「隠り行かむぞ」は、隠れて行ってしまうだろうよ、の意である。推量の助動詞「む」に強めの係助詞「ぞ」が付き、ここで四句切れとなる。
結句「袖まけ我妹」は、袖を枕にせよ、我が妻よ、の意である。「まけ」は動詞「まく」の命令形で、呼びかけの「我妹」で結んで共寝を促している。
あがき:馬が足で地面をかくこと、また足の運び
くもゐ:雲のある所、はるかに遠い所
まく:枕にする
わぎも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
-
柿本人麻呂歌集
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
まそ鏡見とも言はめや玉かぎる 岩垣淵の隠りたる妻
- 次の歌
-
こもりくの豊泊瀬道は常滑の かしこき道ぞ恋ふらくはゆめ