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こもりくの豊泊瀬道は常滑の
かしこき道ぞ恋ふらくはゆめ

歌の意味
泊瀬への道は、いつも水苔で滑る岩のように恐ろしい道だ。恋しさにはやることは決してしないで。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2511

詞書は前の歌に続き「問答」
 泊瀬への道はいつも滑りやすい恐ろしい道だから、私を恋しく思っても決して急いで無理をしないでと、通って来る男の身を案じた女の歌である。逢いたい気持ちを抑えてでも相手の無事を願う、細やかな思いやりが詠まれている。
 前歌の男の歌に答える歌で、左注の「右三首」によって一組とされる三首の二首目である。前歌で赤駒の速さを言う男に対し、本歌は道の険しさを言って用心を求めており、急ぐ男と案じる女との対照が際立っている。泊瀬は今の奈良県桜井市初瀬の地で、山に囲まれた土地である。
 作者は未詳であり、左注によれば柿本人麻呂歌集に出る歌である。人麻呂歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が書き留めた他の人々の歌とが含まれるとされる。柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、三十六歌仙の一人である。

 初句「こもりくの」は「泊瀬」にかかる枕詞である。山に囲まれた隠れた地という意で、谷あいの泊瀬の地勢にふさわしい。
 二句「豊泊瀬道は」は、泊瀬へ行く道は、の意である。「豊」はほめたたえる意の美称で、係助詞「は」が主題を示している。
 三句「常滑の」は、川床の岩などに水苔が付いていつも滑らかなこと、の意である。助詞「の」は、のように、の意で、次の「かしこき」を導いている。
 四句「かしこき道ぞ」は、恐ろしい道だ、の意である。強めの係助詞「ぞ」で言い切り、ここで四句切れとなる。
 結句「恋ふらくはゆめ」は、恋しく思うことは決して、の意である。「恋ふらく」は動詞「恋ふ」のク語法で、副詞「ゆめ」の下に、急ぐな、無理をするなといった禁止の言葉が省かれている。

こもりく:山に囲まれた隠れた地。「こもりくの」の形で「泊瀬」にかかる枕詞
はつせぢ:泊瀬へ通じる道
とこなめ:川床の岩に水苔が付いて常に滑らかなこと、またその岩
作者
柿本人麻呂歌集
出典
万葉集
前の歌
赤駒が足掻速けば雲居にも 隠り行かむぞ袖まけ我妹
次の歌
味酒のみもろの山に立つ月の 見が欲し君が馬の音ぞする