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夢のみに見てすらここだ恋ふる我は
うつつに見てばましていかにあらむ

歌の意味
夢の中だけで見てさえこれほど恋しく思う私は、現実に逢ったならば、ましてどれほどであろうか。
鑑賞
巻第十一 古今相聞往来歌類之上 2553

詞書は前の歌に続き「正に心緒を述ぶ」
 夢で見るだけでもこれほど恋しいのだから、現実に逢ったならばどれほどの思いになるだろうかと詠んだ歌である。夢と現実とを比べ、まだ見ぬ逢瀬への期待と、そのときの思いの激しさを想像している。
 夢と現実を対比する趣向は、本巻の第二千五百四十四首の「うつつには逢ふよしもなし夢にだに」にも見える。第二千五百四十四首が現実には逢えないので夢にだけでもと願うのに対し、本歌は夢でさえこれほどなら現実ではと思いをはせており、同じ夢とうつつの主題を逆の方向から詠んだ歌となっているのである。
 作者は未詳である。巻第十一の作者未詳歌は、名を伝えない人々の恋の歌を集めたものである。

 初句「夢のみに」は、夢の中だけで、の意である。「夢」は上代には「いめ」と読み、「のみ」で現実には逢えていないことを示している。
 二句「見てすらここだ」は、見てさえこれほど、の意である。副助詞「すら」が軽いものを挙げて重いものを類推させる働きをし、「ここだ」はこれほどたくさん、の意である。
 三句「恋ふる我は」は、恋しく思う私は、の意である。係助詞「は」で、主題となる自分を取り立てている。
 四句「うつつに見てば」は、現実に逢ったならば、の意である。完了の助動詞「つ」の未然形「て」に「ば」が付いて仮定条件を表し、初句の「夢」と対比されている。
 結句「ましていかにあらむ」は、ましてどれほどであろうか、の意である。九音の字余りで、助動詞「む」が推量を表し、思いの高まりを溢れるように言い表している。

いめ:夢。上代の語形
うつつ:現実、目覚めている状態
出典
万葉集
前の歌
心には千重しくしくに思へども 使を遣らむすべの知らなく
次の歌
相見ては面隠さゆるものからに 継ぎて見まくの欲しき君かも